<114> ダビテ(1)

wikipediaより
ダビデ(ヘブライ語: דוד;‎ Dāwīḏ (ダーウィーズ), ギリシア語: Δαβίδ, ラテン語: David, アラビア語: داود‎ Dāʾūd, )は古代イスラエルの第2代の王(在位:前1000年 - 前961年頃)とされる。ダヴィドとも。旧約聖書の『サムエル記』『列王記』に登場し、『詩篇』の作者とされている。イスラム教においても預言者の1人に位置づけられている。英語圏の男性名デイヴィッド(David)などは彼の名に由来する。

とは言え、駄画社々長は たまたま口の端にするときは「ダビテ」と呼び倣わしている。片や「ダヴィデ」と気障な片仮名表記もあるようだが、それはどうでもいい。「パソコンは便利なものだ」と言いたかっただけ。
今回シャチョーの描いたダビテ像はJR山手線の恵比寿駅から昨年秋に新築オープンした日本画コレクションで有名な山種美術館に向う途中、駒沢通り沿い右側、広尾にあります。
実物は5メートルほどの巨大白色大理石像だそうだが、こちらの像は何処で鋳造したものかは知りませんが、およそ3メートルありそうな銅像です。なかなかの迫力です。
ミケランジェロ作の本物は何処にあるのかと調べてみたら、イタリアのフィレンツェに。
我が国では美ヶ原高原美術館に実物大のレプリカ像があるそうです。筑波大学の芸術学群デッサン室に白色石膏像(実物大)が、巨大でビックリだそうです。見たいですねー。
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ダビテを描くきっかけをつくってくれたのは、知人からの俳句に写真添付したメールに刺激されたからである。
そのメールに応えるべく吾輩は立上がり、今号のブログアップに繋げたわけです。
その知人のメールの内容は以下の如くです。(Tさん断わりや同意も得ず、転載した御無礼の段、お許しのほど)
 
◉ 枯れ葉落ち隠しようも無しダビテかな ……詠み人T宗匠
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吾輩はT宗匠よりすこし先んじて同じ物件を写していた訳です。

◉ 辛うじてまだ葉はあるぞ隠せるぞ ……詠み人吾輩 

かくの如し。見たまんま!の駄句。シャチョー俳句のセンスありません。
「まだ葉はあるぞ」と、晩秋らしい季語がおり込めました。
駄画社々長にしては、まぐれてよく出来たほうです。
パソコンで書いたり消したりダラダラ駄文しかやれません、手書き文は皆目出来ません。
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知人のメールに刺激させて写真をベースにデッサン?モドキをやろうか……と、思いたちました。
描くからにはと、表情もよく分るように、今一度アップを撮ってきました。
瞳を真近かでよく見たら、瞳孔は♥の形に穿ってあります。
勇気を漲らせて巨人ゴリアテを石塊の投擲にて打倒さんと睨み据えるココロ(ハート)の有り様をこのように瞳に託したのか?
いやいや、ミケランジェロさんは粋な方です。
青年デイヴィッド君の夢見る多感期のハートチックな青年を表現するのに、これ以上最適な細工はありません。……何れもシャチョーの下らぬ推論にも当たらぬ冗談。悪しからず。
デッサンのための石膏像は世間には多種にわたって出回っているのですが、ダビデの石膏像は見たことがありません。描き上げると、珍しいものを描いたなぁーと皆さんに喜んで貰えるのでは……と、尚更描きたくなったということです。
セットポジションで一塁ランナーを見据えるダルビッシュ投手?に似ているなぁー……と打込んで、はたと思い至った。ダルビッシュさんと言う名前は何処かの国ではダビデの同意味言い換え表記かも?
そんな事はともかくとして、なにしろカッコイイ顔立ちだ。描きたくなるではないか!
次回はメリハリ利かせて明暗ハッキリさせた眉目秀麗なダビテ君に仕立ててお目見えさせなきゃと思っています。

ブログ継続息絶え絶えシャチョーを、友人が描く気を起こすきっかけをつくってくれ、「伊太利亜へ行ってきたよな嘘をつけ」駄句 ……とも思ったのだが。正直ジーサンの駄真画報社々長、「アリガタや救いの友が現れた」とマタマタ珍約凄書の『マタマタイ伝』のような、まるでアリガタ味のない駄句が。
                                  おあとが宜しい様で……
                                  ポチ→ブログランキング・にほんブログ村へ描く気倍増!
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by ky-shige | 2010-03-18 12:31 | 素描(デッサン) | Comments(0)
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