<228>タンク・タンクローと林檎

いきなり横道に逸れるが・・・紙戯原駄画衛門は国民学校3年時の夏休み中に終戦を迎えた。

戦中戦後の状況についても記憶はそこそこあるが、特に物資不足に少年達は栄養と文化失調に苦しめられた。

恐らく2年時(8歳)であったと思うが、吾が在郷の某軍需工場の主催で国民宣煽プロバガンダ映画の会が催された。『轟沈』潜水艦の活躍を画いたもので、良し悪しは別にして、初めて文化活動に触れた、あの時の鮮烈な興奮は未だ忘れ得ない。(YouTubeで見れます)


さて本題。

さらに遡って知的好奇心の萌芽時に最初にインプットされたものに、兄や姉の読み古しの数冊の〝幼年俱楽部〟(大日本雄弁会講談社の雑誌)に掲載されてた連載漫画であった。なかでも〝阪本牙城の代表作〟〝タンク・タンクロー〟が、駄画衛門坊やのお気に入りであった。

球形で多機能を備えた異形のロボットの元祖、タンク・タンクローの活躍を画いた漫画だが、つまり学習を要しない、まだ文字も読めない幼い駄画衛門の頭に容易にすり込まれ、今日鮮やかに記憶の影像を浮かび上がらせるのだ。

幼児に与える絵本など図形の示す力は凄いものですね。

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2004年に有志が集い球体表現による「球ビズム展」を開催した事をキッカケにして、脳ミソから転げ出て来たのが、この〝タンク・タンクロー〟と、母チャンの〝林檎の皮むき〟途切れず長い帯状の皮にして悦ばせてくれ、そしてそれを玩んだ事などだ。


「球ビズム展」以降、透過球の描画を試みたりしていたのだが、重度の球体フェチとなり、透過球の〝3D〟つまり〝実体としての透過球〟を作りたくなった訳である。根強く残る幼児期の【憶い出の総括】として取合えず、二点の〝実体としての透過球〟を提示する次第。

後期高齢軟化した頭から搾りだした制作手段が〝張りこ細工〟(張り子の虎、ダルマなどの製法を自己流に解釈、試みる)です。

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by ky-shige | 2018-06-02 11:36 | 球ビズム | Comments(0)
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