<33> 駄真画報 8   縁日のこども達

毎月28日は目黒不動尊の縁日。久し振りにデジカメをぶら下げて、ザッとお参りしてきました。
何事かに熱中、集中している子供達を撮ってみると、心の内が覗けたような。遠い日に戻れたような・・・
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閑話休題
私の少年時代(昭和20〜25年頃)には、お祭りや縁日には寅さん達が腕を競い合った。啖呵売(俗気本)(鉛筆)(武芸をみせて気合術や忍術の極意書を)賭け将棋、囲碁、デンスケ賭博。少年少女の気を引く簡易X線覗き眼鏡(手の骨など透けて見える無論インチキ)。それぞれ2〜3人のサクラを従えて・・・などなど。楽しくて楽しくて
昭和35年頃には蒲田映画館街あたりで数度見かけたものに、”万年筆の泣き売” がありました。焼け焦げた灰の中に何本かの万年筆が見え隠れしている盛り上げた灰の山を前にして、「務めていた万年筆工場が焼けてしまって、失業し、さらに財布を掏られ、せめて故郷に帰る汽車賃を」

そんな中でも、絵好き少年のココロを捉えて、ワクワクさせた大道芸がある。ウネウネと長い胴体をくねらす竜を一筆描きで表現するもので『一筆竜』?と称し、ナントカ寺の高僧が衆生の運気を高めんが為に、わざわざ当地に来て頂いたとの事。少年にはそんな事はどうでもよく、その鮮やかな運筆にワクワクさせられた。
この商いは今日でも健在?で、つい先般、わが地元の戸越銀座のフリーマーケットにて地べたに座り込んで店開きしている御仁を見かけた。
鮮やかに鱗を表現するのに仕掛けがあったのだ。用紙は墨の吸込みが悪いコート紙ならばいとも簡単!表面がツルツルなほど巧くいくようである。 少年の長年気がかりだった謎は六十余年を経て氷解した。
ちなみにフリマの御仁は、日本語がたどたどしい中国の若者であった。この芸のルーツはかの国なのか?

・・・と、あれこれ、どうでもよい事に思いを馳せた次第。
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by ky-shige | 2008-09-30 13:48 | 駄真画報 | Comments(0)
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