<45> 駄真画報 11  ネコババ

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          この猫好き娘さんは ゆくゆく 猫婆に変容して行くのでしょうか?

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私の少年時代の映画に化猫物というシリーズがありました。時代劇で佐賀鍋島藩のお家騒動に何故か怪異化け猫が登場しての奇々怪々な展開です。無論、少年にはストーリーなぞ関係無し。美人女優の鈴木澄子さんが行灯に顔を突っ込み、油を舐めると、戸障子などに大猫の影が映ったり、爪を立て耳を突き出した乱れ髪のお姫様がトンボをきったり、つまり、御殿座敷のなかで自由自在の空中転回、お侍さん達との大立ち回りなどが見せ場でゴザリマスル。
和田誠氏は洋画に傾倒されたようですが、愚生は少年時代、◯級邦画に惹かれていたようです。ちなみに和田氏とは同年生まれ。ムベナルカナ。といったものを感じますナ〜。
それから数年を経ての事でしょうか。少年のご当地の映画館兼芝居小屋の福助座にて、◯◯目?の鈴木澄子一座による化猫物による実演などもゴザリマシタ。怖いもの観たさがつのった事でしょうけど、親は許して呉れる筈もゴザリマセヌ。宣伝ポスターなど食い入るように見入ったことでせう。まさに一勇斎国芳の世界に耽溺致してゴザリマイタ。
 (追憶 = 最近の事柄はあっという間に忘却の彼方。少年期を鮮明に想い描ける駄真画報社々長 チョット変?ですネ)

f0176500_14245946.jpg閑話休題

この歳になって、前衛的なアートに取り憑かれ、妙に魅了させられ、ヘトヘトに疲れている。先般、国立新美術館での「アバンギャルド・チャイナ」。そして数日前の練馬区立美術館にて「石田徹也・僕たちの自画像」展(主要作70点)。
小生のブログ師匠が以前に静岡市の美術館での石田徹也「悲しみのキャンバス」展にて衝撃を受けた。と申しておりまして、以来、頭の隅に引っ掛かっていたので、荏原村からかなり遠い練馬へと行ってきました。
師が、ブログ「暗箱夜話、2007-08-20」で述べられたとおり、今回の展覧が、私の脳内の変なスイッチをオンにしてしまったような気がします。
現代美術の作家たちの生々しい精神や思考の吐露に腰が抜けてしまいました。石田徹也の世界ともども忘却の彼方に押しやってしまわなければ、愚生の多寡が駄画の世界とはいえ、まるで描く気が湧いてこない。美術展を見て回るのは好きなのだが、観れば観るほど、描けない己が哀れになってくる。寒さも厳しくなってくることだし、暫くジッとしていよう。そのうちナントカなるだ〜ろ〜うぉ〜♪
(描かない駄真画報社々長の屁理屈言い訳にて、ご機嫌お伺い致し居り候)

地元の小学校の高学年の生徒さんたちでしょうか。団体鑑賞していました。心の内を表現するには……など、高次元の勉強でしょうか? 何だかウ〜ンと唸りたくなりました。



社長の傘の下 1996 103.0×145.6㎝     ブログランキング・にほんブログ村へ
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by ky-shige | 2008-12-10 15:02 | 駄真画報 | Comments(0)
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