<   2009年 08月 ( 4 )   > この月の画像一覧

<93> 肖像画(2)

    自画像を描くと云う事ではあるが、肖像画として残す事を意識して描こう。
    となれば、無理をせず、現時点のシャチョーの自然体や如何に……が大切な事であるだろうから
    描き方も一番手慣れた手段を用いればいい……という事に落ち着く訳だ。
    見る人に伝えたい事は、これを描いた時点での本人の心の有り様だ。
    但し……だ! 幾分腹部を絞ろう。すんなり、気持ちよく見て貰うには不細工な体形よりカッコイイほうが良かろう。 
    ということで、かなりシェイプアップしておきました。言いたくないが、足も長くしてありまーす。
    絵ってものは便利なものだ。人間だもんな、嘘もつくわサ。嘘をつく事も心の有り様のなかの一つだ。 ・・・続く
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閑話
現時点=最近および近未来も含めて、私が望んでいることは、ゆっくりですが、手を動かすこと、描き続けることを望んでいます。
手段は選ばずです。今回のように写真をベースにした模写(一部矯正)、或いはトレース、あるいは写真を参考に
はたまた、デッサン、写生、スケッチ、創作画、イラストなど。屋外現場制作よし、自室にて机上作業……等々。何でも好しです。
但し、絵画教室やグループでの写生会などは、参加したことがありません。あまり食指が動きません。食わず嫌いかもしれません。
団体展への出品なども同様です。観る事は好きですが。若い頃はデザイン展などに参加出品してましたが。
あまり費用を掛けないでやれる事はいろいろあるのでしょうが、私には描く事が向いている様に思えますし、やり方によるでしょうが、安上がりです。
今のところ、やや積極的に描く事に取り組み出した様に思っています。実は根はなまくら者じゃなかろうか……と自己分析しています。放っておかれると、何日間でも外にも出ないで、テレビのリモコンを握って、カウチポテトをしてしまいます。
実際100円ショップの塩ポテチや柿の種大好きです。だからデブ化傾向に。ウッカリすると重度になってしまうかも。山の神専務は心配してるかもしれません。
なまくら打開の為にも全痴全能を傾け、己をむち打って描き、ブログUPに幾分プレッシャーを感じながらも励んでいる訳であります。時々苦痛に思うこともありますが、今のところ何とか継続しています。やがて苦痛は快感に……と云うよりも、これしきのこと、人並みの平常な日々の作業の如くに……と夢見て頑張っているのであります。
以上の理由から、毎回更新アップしてお見せするものの描き味や方法が、落着きなくコロコロ変わる事にも、ご理解いただけるものと思っている次第であります。
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by ky-shige | 2009-08-23 16:23 | 素描(デッサン) | Comments(2)

<92> 肖像画(1)

    シャチョーは何かを描きたくて、手枠を組み。彼方此方構図を探っています。なかなか見つかりません。
     焦ってイライラしてるのかも知れません。四六の蝦蟇の如く、鏡に映った己が姿に……
    オッ!これはイケル…… 
    油汗がタラーリタラリ これは描かずば!
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    駄真画報社々長は貧乏だから人物を描きたくなっても、モデルを雇うなんて夢だ。
    しょうがないからシャチョー自身がモデルに。
    しかし、マトモに顔を知られると困る。知られると醜男だと云う事が一部世間にバレる。

    まあ、知り合い達は合点承知之介であるから、大した問題ではないのだが。
    問題ではないが、一計を案じて新しい解釈の自画像?に挑戦することにした。
    つまり、人物画はその「人となり」が顕わされている事こそ肝要なり。……との立場に立てば
    人相表情があきらかにされてなくても、醜社長にとっては都合がいい、
    そこそこ満足できる人物画であり自画像だ!……と云う屁理屈だ!
    若い時分から、よくは判らないが、何かを探り妙な焦りのようなものを抱え続けたシャチョー。
    このポーズ、この構図は、きょうびに至る社長の心の有り様を表現しているように思える。
    「そうだ! これは俺の肖像画だ! もっと描き込んで残して置く事にしよう」
    写真をベースに、昔の映画館の看板製作の技法、無論、肖像画家も用いる手法でもある。
    シャチョー、あんたはえらい! 肖像画の新しい考え方、在り方の一端をも示しているんでないかい ・・・続く

閑話休題
自画像といえば、社長が気にする作品に、鴨居玲氏(故人)のものがある。
作品名は「私」石川県立美術館蔵。達者なデッサン力と筆遣いを発揮した自画像?らしき大きな油絵です。
画室のイーゼルには大きなキャンバスがセットされていて、鴨居はそれに対峙して座っています。
その画布にはなにも描かれていません。白地のままです。画室なのに大勢の人達がひしめき合って氏を取り囲んで、ヒソヒソ小声で話し合ったり、画面を覗き込んだりしています。
氏は筆も持たず、肩を落とし、力無く、表情はあまりはっきりしない魂が抜けたような感じで、ぼんやり曖昧に描かれています。大げさに云えば、未来が見えて来ない袋小路で途方に暮れて朦朧とした氏がそこに居ます。往き詰った己を熱心に丹念に描いた大作です。職業画家に限らず、人間ならば誰だって、貴方だって。いつ何時……と問いかけてくる、かなり恐ろしい絵です。
つまり、自画像や人物画は心の内まで表現することが望まれるのだろう。とはいえ、鴨居氏のしたたかな計算と技術にシャチョーはたぶらかされているのかもしれない。
ちなみに氏は戦後のファッション界をリードしたデザイナー鴨居羊子氏の弟さんです。氏の師は宮本三郎画伯。    ブログランキング・にほんブログ村へ
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by ky-shige | 2009-08-18 15:02 | 素描(デッサン) | Comments(4)

<91> 嗚呼 甲子園

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    御機嫌上々……久々に山の神専務の寄稿画です。
    専務の出身高校が夏の甲子園高校野球大会に初出場しました。創立115年、言わずもがな開びゃく以来のことである。
    雨天順延に次ぐ順延。どうにか昨日の第三試合、強豪天理とやりました。
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    結果は15対1。初回いきなり大量7点を天理にもぎ取られ、度肝をぬかれたが、以後臆することなく、一生懸命いかにも
    絵に描いたような、嗚呼甲子園。初々しい初出場振りであったナ。
    結果は問いません。センムは嬉しくてたまりません。
    両校の健闘を称えて紅い薔薇を一本づつ捧げたいとの気持ちを込めて……の寄稿画だそうです。

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わが社の厳しい経理をやり繰りして、ささやかに一口だけだが、費用の極々一部にでもとココロを込めて送金するのだとの事でした。

シャチョーにも贈金しましょーョ








閑話休題 
かの地福野の、今となれば一部の老人達のみ知る秘話
今回甲子園初出場を決めたわが社センムの母校、「南砺総合福野高校野球部」にまつわる噺を一席。
ムカーシ昔、長島茂雄氏が立教大で大活躍し一躍名を上げ、プロ野球のスカウト達が血眼になり、氏を追いかけ回した大学四年の夏休みの事であったナ。
立教で氏と三遊間を固めた遊撃手の太田一三氏は福野高出身で、ミスターの窮状を救わんとの男気から、ひと夏の雲隠れに一肌脱いで彼は家の食客としてミスターを遇したのであったナ。
長島氏も礼を尽し、太田氏母校野球部の練習に積極的に参加し、ビシッとユニホームを着用して何日も熱心に指導されたのであったナ。無論、努力を厭わず自身を鍛え続ける意味からも汗を流されたのでしょう。
バッティングの物凄さ、桁違いの守備の巧さ、その貫禄、そして優しさ礼儀の正しさなど昨日の出来事のように憶い出す。
狭い地域であるから、氏が参加される日にちは何となく耳に入ってきて、小生も夏休みで暇をかこつていたから、毎度欠かさずグランドへ見物に行った訳であった。
ちなみに太田氏のニックネームは「オオタのカッソ」と呼び親しんでいたナ。北海道苫小牧でご健在の由。
その頃、わが社センムは高校3年生であったが、「われ関知せず」だったソーナ。
なんだか勿体ないではないか。秋波を送って、コナかけてもらえば、その後のセンムの運命や如何に! ……ンな訳ないか
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by ky-shige | 2009-08-12 17:23 | 専務寄稿画 | Comments(2)

<90> 白百合

f0176500_15592313.jpg大きな鉢植えの白百合を見つけました。
まるで手入れされた様子がない百合で、背丈以上になっていて、放っておくと前後左右に繁茂しっぱなしになって、歩行者の邪魔になることを心配してか、ビニール紐で大雑把にくくってありました。
その所為もあるでしょうか、おまけに取材時は蒸し暑い夕まぐれだったので、見かけたときはすこし暑苦しさを感じました。
可哀想ではアーリマセンカ。やはり白百合には清楚さを求めます。

既に萎れ始めたものや、すこしシワシワの強過ぎる花弁にはアイロンをかけてスッキリさせて、数本を間引きして風通しをよくした状態に、涼しさを求めて、NTラシャの青灰白色紙に現代日本画風にを目指して描き始めたのですが、手に負えなくなって最終段階では、鉛筆タッチを加え、ご覧の如くの体たらく。

駄画社々長の自信過剰には困ったもんだ。やれもしない日本画?モドキなど目指すとは。何れの分野の絵ともつかない面妖な雰囲気を漂わせているのは、写真の調子に気が移り過ぎた所為だろう。説明過多なフィニッシュで御座った。せっかく描き上げても満足感不足。
貧乏性のシャチョーは、一端描き出すと無理矢理でも完成?否、自分なりに完了させないと気が済まない。拙いと思ったときは、思い切って途中でも打ち切るか、描き直す度胸がほしいものだ。今回も反省点多し!
描き込むとシャチョー疲れるでしょー。老シャチョーには鉛筆+淡彩が向いてるんでないかい。
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    画像をクリックすると拡大され、鉛筆タッチも見れます。

閑話休題
戦火に散らされた沖縄の女学生への鎮魂の気持ちを……白百合からイメージさせられる事のひとつです。
彼女たちは私の姉とほぼ同世代です。姉はあの当時、師範学校の学業をヨコに置き、軍用飛行機重要部品(ベアリングの不二越)工場で勤労動員。作業に明け暮れていました。工場は大空襲にて損害を受けました。寄宿舎生活でしたが、たまたま休暇だったので、姉たちは一時帰省中で罹災を免れました。工場は修復されないまま間もなく終戦を迎えました。(夜空なのにB24?の大編隊の機体がくっきりと目視できた。がゴーンゴーン爆音轟かせて山なみを越えて行き、その後富山市街が炎上。山越しに夜空が赤くなった。帰省中の姉はがたがた震えていたのを記憶している)
その頃、国民学校の末っ子ガキンチョだったシャチョーはといえば、ノホホンと川遊び、小鮒とりなどでの熱中時代であったナ。
シャチョーにとっては、その後戦後の食糧難、育ち盛りに食い不足世代としての辛さ味わった事などが強烈な印象として残っているナ。両親の実家は何れも農家だが、それぞれ大黒柱は戦後しばらくも外地に抑留されていて帰還が遅れ、働き手不足。生産に歯止めがかかったまま。
食い溜めを望んでジジババの家に出向くが、スイトンばかり。良質米の生産地なのに、ガッカリの記憶が甦る。
夏が過ぎ風あざみ♪……私の心は夏模様♫(少年時代・井上陽水) そうだ!夏が過ぎたら野アザミなんぞを描いてみたいものだナ。
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by ky-shige | 2009-08-06 16:17 | 社長の駄画 | Comments(2)